おすすめ その6
当時、江戸画界の頂点にあった谷文晃に教えを乞うたところ、一笑に付されたのに腹を立て、捨てぜりふを吐き、玄関にあった酒樽の栓を抜き、飛び出していった話が伝わっています。なかなか勇ましいですね。
維新の波をくぐり明治の世を迎えた草雲は、第一回内国勧業大博覧会に「富獄六景図」を出品、名
声は海外にまで及びました。翌年白石山房が完成して移り住んだ。
その後も「春山暁霧」「秋山晩暉」を発表、七十三歳で皇居御杉戸四図に八枚揮毫したりして精力的に筆を動かしている。
しかし八十二歳で病に倒れ、以後八十四歳で永眠するまで筆を持つことは少なかったようだ。草雲は足利市の西宮長林寺に葬られましたが、遺言により、絶家されているとの事。
足利公園の南、白石山房の門内にある瓦屋根と白壁が印象に残る美術館で、「富嶽図」を見、画室や茅葺きの居室で草雲を偲ぶことができるが、足利学校の古書の散逸を身をもって防いだ草雲の業績は忘れてはならないことだ。