人びとの人間力の動員 2
私は言下に、「すぐには無理です」と断りました。
・・・というのは、このようなことは、その外観をまねてやれることではないからです。
熱い思いに燃えた浅野が率いるこの工場でさえ、ここまでくるのに5年有余を要したのです。
この間に育まれてきた組織体質・・・
つまり、組革研→社内組革研→それに基づく数々の諸活動の展開あってのことだったのです。
そしてまたこの活動が、同工場の体質を育んでいくのでした。
ラリー以前の数限りない動きの中から、見事な「課題化」が活動を誘導していく、わかりやすい例を紹介しましょう。
新作戦の諸活動における、金型チームの2つの活動です。
1981年から82年にかけて、自動車の小型化、FF化に伴うモデルチェンジが数多く計画され、過去に例をみない大量の金型需要が見込まれていました。
早急に受け皿を用意しないと、得意先の要求を充たすことができず、不測の事態を生ずる懸念がありました。
・・・その一方で、82年をピークとしてその後の需要の伸びは期待できなかったのです。