人びとの人間力の動員 4
一方、計画、設計、製造の各機能は一人の課長の下にありました。
しかし、それは形ばかりであって、
「製造は与えられた図面通り作っていればよい」
「設計は図面を引くことだけだ」
「計画は日程を立てるだけ」
・・・というように、それぞれは互いに犬猿の仲でした。
1980年秋から、新作戦においてこの事態にチャレンジした金型チームは、生産高において早くも翌年半ばには1.6倍。
82年上期に1.8倍に達しました。
数週間かかっていたものが、81年には2週間に、82年には8日にまで短縮することができました。
「いつ出来るかわからなかった」ものが、「ラインの台車に乗ってしまえばもう安心」と、得意先からも言われるまでになりました。
同時に組織も、一つの金型課だと大いばりで言えるまでになりました。
では次に、機械加工工程での「無人運転化」活動から紹介しましょう。
1981年3月、両金型チームのブロックリーダー・Sさん(金型課長)は、メンバーである係長、工長、組長、班長を集めて、新作戦の具体的展開を訴えました。