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   <title>マンハッタン･キス</title>
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   <subtitle>歌声は、ｆ/1らしいよ！！</subtitle>
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   <title>ベンハムの円盤</title>
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   <published>2012-01-02T05:36:01Z</published>
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      円盤ときくと、私ぐらいの年代ではすぐ「空飛ぶ円盤」を連想します。


いわゆるフライング・ソーサー・・・


円盤型の未確認飛行物体が、やたらと活躍したのは、1950～60年代のことでしたが、今では、むしろUFOという言葉の方が一般化しています。


それでもなおかつ、UFOといえば円盤、SFや映画では、依然として円盤型の宇宙船がさかんに活躍します。


一度、定着してしまったイメージが、いかに消しにくいものであるかがよくわかります。


ところで、円盤といえばこの他にもいろいろ様々、面白い円盤があって、科学的にもすこぶる典味深いものがあります。


たとえば、ここに紹介する「ベンハムの円盤」もその一つです。


白いボール紙を切り抜いて、一枚の円板をつくって頂きます。


その表面を2等分して、半分をまっ黒に塗りつぶしてしまいます。


残りの半分の白い部分を、4分割(等分にしなくてもよろしい)して、同心円の一部を図のように扇形にえがきこむ。


・・・これがいわゆる「ベンハムの円盤」と呼ばれる謎のパターンなのです。


      
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   <title>人びとの人間力の動員　6</title>
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   <published>2011-12-25T02:20:52Z</published>
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      昼の休憩時間に、食事に行こうと席を立ったSさんは、どこからか聞こえてくる機械の音に足を止めました。


けげんに思いつつ見に行くと、フライス盤が動いています。


人はいません。


びっくりしたSさんは、そこに釘付けとなりました。


ややして、一人の作業者が息を切らせて走ってきました。


「もう少しで終わりそうだったので、送りを掛けたまま、めしに行ってきた」


・・・と言います。


いつの間にか周囲には、大勢の人垣ができていました。


しかもそれは、成り行きの試みではなく、そのための準備が進められたうえのことでした。


「よくやってくれた。


ありがとう！」。


Sさんは思わず叫びました。



      
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   <title>人びとの人間力の動員　5</title>
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   <published>2011-11-25T02:19:36Z</published>
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      彼らの中からは、今までいろいろな改善をやってきたのに、さらに50パーセントアップとはどういうことなんだと、驚きを超えて、あきれたと言わんばかりの声が続きました。


しかし、しばらくして後に、設計係長が


「1日24時間の中で、機械の動いていない時間が何時間ある？」


・・・と言いだしました。


工長が


「休憩時間と引き継ぎ時間で8時間。


残業時間を引くと、実質6時間は機械が動いていない」。


誰かが「それに土・日を加えれば・・・」。


こんどは組長が


「冗談じゃない、そんなに人を働かせるわけにはいかん」


・・・と言いだしました。


この中から誕生したアイデアが「無人運転化」でした。


ミーティングを終えて職場に帰った監督者たちは、さっそく、作業を止めてそれぞれ現場の全員を集めます。


自分たちを取り巻く環境動向を話し、無人運転化の必要性を説きました。


「故障したり、刃具が折れたりしたら困るではないか」


・・・と作業者が問いかけてきます。


「人がついていれば故障や刃具折れが防げるのか」


・・・と組長が問い返します。


それから1カ月ほどが過ぎました。


      
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   <title>人びとの人間力の動員　4</title>
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   <published>2011-10-25T01:17:32Z</published>
   <updated>2011-10-25T22:35:03Z</updated>
   
   <summary>一方、計画、設計、製造の各機能は一人の課長の下にありました。 しかし、それは形ば...</summary>
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      一方、計画、設計、製造の各機能は一人の課長の下にありました。


しかし、それは形ばかりであって、


「製造は与えられた図面通り作っていればよい」


「設計は図面を引くことだけだ」


「計画は日程を立てるだけ」


・・・というように、それぞれは互いに犬猿の仲でした。


1980年秋から、新作戦においてこの事態にチャレンジした金型チームは、生産高において早くも翌年半ばには1.6倍。


82年上期に1.8倍に達しました。


数週間かかっていたものが、81年には2週間に、82年には8日にまで短縮することができました。


「いつ出来るかわからなかった」ものが、「ラインの台車に乗ってしまえばもう安心」と、得意先からも言われるまでになりました。


同時に組織も、一つの金型課だと大いばりで言えるまでになりました。


では次に、機械加工工程での「無人運転化」活動から紹介しましょう。


1981年3月、両金型チームのブロックリーダー・Sさん(金型課長)は、メンバーである係長、工長、組長、班長を集めて、新作戦の具体的展開を訴えました。


      
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   <title>仏壇の種類　2</title>
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   <published>2011-09-10T07:53:43Z</published>
   <updated>2011-09-10T22:35:02Z</updated>
   
   <summary>創価学会　仏壇の内部には本尊仏か祖師の彫像を中央にまつります。 その画像や名号な...</summary>
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      <![CDATA[<a href="http://www.soka-butudan.jp/" target="_blank">創価学会　仏壇</a>の内部には本尊仏か祖師の彫像を中央にまつります。


その画像や名号などを掲げるところもあり、位牌はその前下、左右にまつります。


ホトケの命日が33年や50年などの年忌を過ぎますと「トリキリ」といって、仏壇から位牌をとり除き、カミとしてまつるところもありますが・・・


これは仏教が長い間に神道と融和して、庶民信仰として同一した名残りです。


仏壇は先祖をまつるところだけでなく、そのいのちを受けつぐ一家のよりどころであり、心のふるさとであるわけですから、分家や亡くなった人のいない家庭であっても必要なものです。


かつて、フランスの思想家サン・テクジュペリは、『地の人』でこう書いています。


「ほんとうに愛するとは、お互いが同一方向を見上げることである」


・・・このように、一家の中心となるべき象徴（シンボル）を持たない家庭は、その成員がそれぞれ自分勝手な行動をとりがちで、バラバラに分裂してしまいます。


・・・そうならないためにも、仏壇をおまつりすべきでしょう。

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   <title>仏壇の種類</title>
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   <published>2011-08-03T07:52:33Z</published>
   <updated>2011-08-03T22:35:14Z</updated>
   
   <summary>仏壇はもともと自分の信心する仏をまつったところです。 日本では白鳳時代に天武天皇...</summary>
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      <![CDATA[仏壇はもともと自分の信心する仏をまつったところです。


日本では白鳳時代に天武天皇が、


「各家に仏舎を設けて仏・経文をまつり、三宝を供養せよ」


・・・との詔勅を発布して以来、貴族たちはこぞって持仏堂を建て、一般民衆は念持仏を肌身離さず持ち歩いたといわれます。


この貴族の持仏堂が家のなかに入って仏間となり、時代がFがるにつれて、一般庶民の家にも普及し、神棚にとって代わって、仏壇として居間の一隅に置かれるようになったようです。


<a href="http://www.soka-butudan.jp/" target="_blank">創価学会　仏壇</a>などの仏壇は宗派や家によってその規模や構造に違いがありますが・・・


一般に関東以北では唐木製の地味なものが多文関西以西では金麹豪華なものが多いようです。




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   <title>仲間を作って</title>
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   <published>2011-07-22T09:23:22Z</published>
   <updated>2011-07-22T22:35:03Z</updated>
   
   <summary>仲間同士のやる気が相乗効果を生めば、ソファー　通販のほかに山の手線一周速読大会を...</summary>
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      <![CDATA[仲間同士のやる気が相乗効果を生めば、<a href="http://nuqmo.com/" target="_blank">ソファー　通販</a>のほかに山の手線一周速読大会を企画したり、映画道場などを開き、生きた英語のリスニング・マラソンに挑戦してみることだ。

かつて、アルク社企画の映画道場で私が「斬れる英語」の使い方を指導したことがあるが、いまでも映画がいい英語の教材になると信じている。

もうぼつぼつ、英語の話し方について書け、じらすな、と読者から叱られそうだが、もう少しお待ちいただきたい。

コレポンを書くことが仕事の一部になっている特定のビジネスマンを除き、英語を学ぶH本人を対象にアンケートをとってみると、読み、書き、話し、聴くという英諮の四技能の中で、いちばん人気のないのが、どういうわけか、このライティングである。

それにもかかわらず、最近、英語のライティングが注目され始めたのは、コンピュータの普及によるものであろう。]]>
      
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   <title>人びとの人間力の動員　3</title>
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   <published>2011-06-25T01:15:48Z</published>
   <updated>2011-06-25T22:35:02Z</updated>
   
   <summary>現有勢力で生産性を大きく上げるより途がないこの事態を、工場長のAさんは、特別活動...</summary>
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      現有勢力で生産性を大きく上げるより途がないこの事態を、工場長のAさんは、特別活動の推進によって切り抜けるとともに、それに留まらず、この機を生産性向上の踏み台にしようと考えました。


それが、81年度中に生産高を1.5倍にしようという新作戦でした。


2つの金型チームは、このために編成された製品別チームであり、以下に紹介するのは両方の金型チームの活動です。


金型とは、鍛造や鋳造の原型となる鋼鉄の型であって、この工場では、小は50キログラムくらいから大は4万キログラムに及ぶものを製造しています。


量産品と違って、どれ;として同じ物はなく、完成までには何日もかかる物ばかりです。


しかもこの作業は、かなりの専門知識を要する一方で、熟練された職人的技能に負うところが大でした。


このことからもたらされる作業の非効率性ははげしく、新作戦における一大エアポケットになっていました。


なにしろ、「出来上がった時が納期」とされ、最終の仕上げ工程だけでも、順調にいって3週間、長いときには数週間。


ちょっとトラブルでもあろうものなら、「いつ出来上がるかわからない」という状態でした。


      
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   <title>人びとの人間力の動員　2</title>
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   <published>2011-05-25T01:14:45Z</published>
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      私は言下に、「すぐには無理です」と断りました。


・・・というのは、このようなことは、その外観をまねてやれることではないからです。


熱い思いに燃えた浅野が率いるこの工場でさえ、ここまでくるのに5年有余を要したのです。


この間に育まれてきた組織体質・・・


つまり、組革研→社内組革研→それに基づく数々の諸活動の展開あってのことだったのです。


そしてまたこの活動が、同工場の体質を育んでいくのでした。


ラリー以前の数限りない動きの中から、見事な「課題化」が活動を誘導していく、わかりやすい例を紹介しましょう。


新作戦の諸活動における、金型チームの2つの活動です。


1981年から82年にかけて、自動車の小型化、FF化に伴うモデルチェンジが数多く計画され、過去に例をみない大量の金型需要が見込まれていました。


早急に受け皿を用意しないと、得意先の要求を充たすことができず、不測の事態を生ずる懸念がありました。


・・・その一方で、82年をピークとしてその後の需要の伸びは期待できなかったのです。


      
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   <title>人びとの人間力の動員</title>
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   <published>2011-04-25T01:13:06Z</published>
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      <![CDATA[SKラリーの最大のポイントは、人びとの、道具力ではなく、人間力を動員したことにあります。


まさに、組革研文化の再現でした。


そのプロセスにおいて、いつの間にか彼らは、経営者にニ歩も三歩も近づいてしまったのです。


収益の仕組みの理解のみならず、意識においてもです。


彼らは、生産性を上げなければ、自分たちも会社も生きていけないことを体に刻み込みます。


自分たちの給料を上げて<a href="http://www.smart-time.info/?mode=cate&cbid=833167&csid=0" target="_blank">ハミルトン カーキ</a>などブランド時計を買うためには、その3倍もの改善効果を出さねばならないこと。


その改善のための費用と経営とのつながり、不働時間を3パーセント減らせば年に5000時間もの仕事ができること、等々でした。


その発見が、自分たちをその達成に強く駆り立てていったのです。


そしてそれをやり遂げ、仕事の中で自己を実現していったのでした。


SKラリーのことを知ったある企業から、「うちでもこのようなことをやりたいのですが」という相談を受けたことがありました。

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   <title>日本とアメリカの産業構造　2</title>
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   <published>2011-03-05T08:16:30Z</published>
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      日本が競争力が強いのは、規模の経済性を生かした、いわゆる大量生産方式を得意とする部門です。


具体的には鉄、IC素材などの中間財・生産財や、最終製品でいえば自動車、家庭電気製品などにすぎないのです。


産業全体では、アメリカは依然として日本よりも強いことがわかるでしょう。


生産活動を行う際、絶対に必要なものは、資本・労働・資源の3要素であり、これらは生産の3要素といわれますが、このうちどれか1つを欠いても、生産活動はできません。


本書の中で、何度も日本の産業構造が擬制の自前主義であるといってきたのは、日本が国内に自己調達できる資源を決定的に欠いているためです。


これに対してアメリカは、現在、仮にバランスを崩しているにしても、生産の3要素を国内で自己充足できる国家なのです。


その意味でアメリカは、真の自前主義経済が可能な国なのです。


その点、日本の経済は3つの柱つまり、資本・労働・資源のうち、資源という柱が1本、決定的に欠ける砂上の楼閣であるといっても過言ではありません。


日本・日本人が、現状認識として頭のなかにしっかりたたきこんでおかねばならない第一の点は、このことです。


そして、この砂上の楼閣が可能であったのは、世界の自由貿易体制の恩恵があったからです。


そして日本がそれを十二分に享受し、それが許されてきたのは、日本がキャッチ・アップの過程にあったからです。


      
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   <title>日本とアメリカの産業構造</title>
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   <published>2011-02-15T08:15:20Z</published>
   <updated>2011-06-20T07:55:46Z</updated>
   
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      1960年と1980年を比較してみると、1960年では、すべての産業部門で、日本の生産効率はアメリカのそれよりも劣っており、アメリカの技術効率が優れていることがわかります。


1980年になると、両国の技術格差は急速に縮小し、いくつかの産業では日本の方が優位に立ったのです。


1960年から1980年の20年間、日本の技術水準が急速にアメリカに追いついてきた時間的プロセスが、これらの図から読みとれるのです。


1960年以来、日本の産業のうち、いち早くアメリカの産業の技術水準に追いついたものは、製造業の中でも化学、鉄鋼などの素材生産部門であり、それらが他の加工組立型生産部門への原材料の投入効率を高めたのでした。


加工組立型の製造業の生産効率のキャッチ・アップは、素材型の製造業よりも時間経過上いささか遅れて進んでいます。


1980年でも、アメリカの水準が高い産業部門がいくつかの軽工業にみられますが、格差は縮まりつつあり、近い将来日本がキャッチ・アップする予想ができます。


しかし、農業、石油・石炭製品など土地やエネルギーなど天然資源に依存する度合いの大きい産業部門では、1980年でもアメリカは断然優位に立っており、歴史的にも、その効率格差は縮小しておらず、将来ともキャッチ・アップは不可能です。


これらの図からわかるように、日本が40年以上かけて、堂々として築き上げてきた産業構造も、アメリカとの比較において、キャッチ・アップできた産業は、数部門にすぎないのです。


・・・1980年時点でのデータでは、古いと考えられるかもしれませんが、産業構造としては現在もあまり変わっていません。



      
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   <title>アメリカの切り札</title>
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   <published>2011-02-05T08:13:51Z</published>
   <updated>2011-06-20T07:55:46Z</updated>
   
   <summary>日本とアメリカは経済的には運命共同体なのです。 アメリカが悪いの、日本が悪いのと...</summary>
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      日本とアメリカは経済的には運命共同体なのです。


アメリカが悪いの、日本が悪いのという議論は、ただ両国民の感情を高ぶらせるだけでなく、政府・最高責任者の政策運営の是非を問題の焦点からはずすことになります。


摩擦・軋礫の解決に役立つどころか、むしろ有害なのです。


最も大切なことは、摩擦・軋礫現象に惑わされることなく、それを惹起させている両国の経済構造なり産業構造を客観的に分析し、正しい現状認識をすることです。


1960年から80年までの、20年間にわたる、日本・アメリカ両国の産業別の国際競争力を比較したものがあります。


国際競争力を測る指標として使っているものは、全要素生産性と呼ばれるものです。


これは生産に必要なすべての要素、つまり、いろいろな原材料、労働、資本などの全投入要素を総合的に測り、その投入量に対する生産量の効率を測ったものです。


このTFPは、ある生産に必要な全投入要素の生産効率を示している点で、技術水準の総合評価でもあります。


日・米の産業を30の産業部門に分類し、中心から放射状の軸で示した図があります。


それぞれの軸の中心からの距離がその産業の生産性の水準を示しています。


両国の産業の生産性の特徴をはっきりさせるために、各産業の生産性水準をそれぞれ実線と点線で結んですが、実線は日本、点線はアメリカの生産性水準であり、中心に近い内側にプロットがある産業は、相対的に生産効率が低いことを示しています。


      
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   <title>日本の貿易行動の問題　2</title>
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   <published>2011-01-15T08:12:49Z</published>
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      現象的表面的な覆・軋礫だけに目がいくと、問題処理は、感情駒政治的方向に流れ・解1決の方向どころか、混沌の極みに陥るだけです。


日・米間の貿易摩擦に端を発しているアメリカによる&quot;日本たたき&quot;は理不尽きわまるもの。


そして不当であり、悪いのは日本でなく、むしろアメリカである・・・との評論が一時もてはやされました。


しかしこのような議論は、「百害あって一利なし」なのです。


たしかに財政赤字を大きくしたのはアメリカの責任ではありますが、そのお蔭で日本は対米輸出を伸ばし、貿易黒字を増やし、また日本政府の財政再建が可能になったのです。


この意味からすると、日本はアメリカの双子の赤字f財政と貿易の赤字rから利益を受けたのでした。


過ぎ去ったことに「たら」という仮定をつけられるのはフィクションの世界だけに許されることなのかもしれません。


しかし、もしアメリカが1980年代、真面目に財政赤字の削減をはかっていたら、アメリカ経済はデフレになり、不況に陥っていたでしょう。


そうすれば日本も輸出を伸ばすことができず、日本はアメリカの不況の波をまともにかぶっていたに違いないのです。


      
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   <title>日本の貿易行動の問題</title>
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   <published>2011-01-05T08:11:26Z</published>
   <updated>2011-06-20T07:55:46Z</updated>
   
   <summary>日本の貿易行動の問題といい、前述の生産と消費の関係の問題といい・・・ 日本あるい...</summary>
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      日本の貿易行動の問題といい、前述の生産と消費の関係の問題といい・・・


日本あるいは日本人には、何のための貿易なのか、何のための生産活動なのかという問いや疑問が欠落していたのではないでしょうか。


今、日本人に必要なのは、この懐疑精神であり、そしてこの精神の営みの中から新しい理念を構築することです。


さもなければ相も変わらぬキャッチ・アップ精神で、はつかネズミのように、なりふり構わず地球上を走り回ることになるでしょう。


日本と西ドイツは世界の中でニ大貿易黒字国でありながら、&quot;ジャパン・バッシング&quot;が起こるにもかかわらず、&quot;ジャーマン・バッシング&quot;はないのはなぜでしょうか。


それは、戦後40年あまり、日本と西ドイツ両国がとってきた経済ビヘイビアーの優劣を云々するのではなく、&quot;ジャパン・バッシング&quot;の当事国であるアメリカと日本の位置関係をより相対的に認識することでした。


アメリカが日本たたきをするのは、名実ともに世界のナンバー・ワンであるアメリカにとって、日本がバッシングされるに価する経済力をもった証なのです。


それは第二次大戦後、軍事面で角逐してきたのは世界の2大軍事国であるアメリカ・ソ連であったように、今後、日本がますます経済力を高めていけば、日・米間の摩擦・軋礫は厳しくなることこそあれ、緩むことはないでしょう。


      
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