テニス・コーチのためのアドバイス 8

コーチは、自分のレッスンが「常に新鮮であること」に最大限の努力と工夫を、施さなければなりません。


生徒の側からも、臨機応変にレッスンを組み立ててくれるコーチを望んでいるものです。


また、コーチはたんにテニスの技術を教える以外に気を配らなければならないことがあります。


そのひとつは身だしなみです。


生徒はコーチの服装などには大へん敏感です。


これは身だしなみにお金をかけうといっているわけではなく、常に生徒から見られているという意識を持って自分自身で気を配ってほしい、ということです。

テニス・コーチのためのアドバイス 7

レッスンに集まる生徒は、あなたが感じている以上に、コーチの人柄や態度に敏感なものです。


コーチングの能力がどんなに秀れていても、生徒に誠意を持って接することができなければ、コーチとしては失格です。


「生徒に誠意を持って接す」


このことを忘れない限り、少しぐらいコーチングの能力が未熟であったとしても、生徒はあなたのレッスンにやりがいを感じ、ついてきてくれるものです。


コーチングの技術は、先に述べたように、いくらでも改良させることができます。


しかし、レッスンの本質が、人と人とのコミュニケーションである以上、コーチのレッスンに対する熱意や人間性といったことが、もっとも根本的で重要な意味を持ちます。


コーチとして本当に大切なのは、手先のテクニックではなく、人間性そのものだと言っても過言ではないでしょう。


そのためには、自分自身の性格や、レッスンに対する取り組み方といったことを、今一度見つめ直して考えてみることが大切だと思われます。


これまでのことに注意し、常にレッスンが新鮮であるように工夫を重ね、最大限の努力を注ぐことがコーチとしての主目的であると思われます。


テニスを教えるということは本当に楽しいものです。


私はそれが、たんに生計を立てるための手段に終わってほしくないと考えます。


レッスンを真剣な姿勢で行なうことは、自分の人生をも学ぶことなのです。


このことを忘れず、コーチとしての道を切り拓いていってください。

テニス・コーチのためのアドバイス 6

また、ビデオを利用する機会があれば、より一層の効果が期待できます。


ビデオに写し出された映像は、あなたが実際にレッスンしている時に抱いている感覚とは、大きく違っ
ていることだと思います。


コーチとしては、頭の中でイメージするレッスンと、ビデオに写し出されたレッスンが一致するようになれば理想的です。


この一致によって初めて効果的なレッスンを行なえていると言えるでしょう。


コーチは自分のレッスンを進歩させるのが務めです。


そのために、どんどん過去を振り返ってみることです。石塚孝一氏によると、何らかの壁にぶつかった時にも、自分の記録として残したものの中に、かならず解決のためのヒントが埋れているものです。


反省は、現在の自分を見つめ直すための有効な方法です。


しかし、人は時として自己評価することを嫌がります。


これは"自分の失敗を振り返りたくない"という心理が働くのが原因ですが、それがコーチとしての未来を約束するものであれば、一切の躊躇をすべきではありません。

テニス・コーチのためのアドバイス 5

テニスの指導において、もっとも大切なのはコーチ自身の指導能力に他なりません。


そこでコーチ自身が自分のコーチングを客観的にチェックし、自己分析することの意義についてお話することにします。


私は、コーチとして自立を始めた頃から、レッスンでどんなに疲れ果てて家に帰っても、その日のレッスンについて、かならず反省することを忘れませんでした。


こうしてその日を振り返り、様々なことをメモすることにより、レッスンそのものの反省や改良のみならず、新しいアイデアも生まれてきました。


私のテニス理論にしろ、現在実践しているトップ・スピン打法にしろ、この反省の賜物に他ならないのです。


自分のレッスンをチェックするために一番簡単なのは、テープレコーダーで録音した自分のレッスンを聞いてみることです。


こうすることにより、生徒1人1人への指導は的確か、自分の声は小さくないか、レッスンの雰囲気はどうか・・・といったことまで客観的に知ることができます。


こうして知り得た事実を、自分のレッスンで前向きにフィードバックさせることができれば、あなたのレッスンは飛躍的に向上することでしょう。

テニス・コーチのためのアドバイス 4

コーチングのむずかしさはここにあります。


コーチが頭で簡単に理解していることであっても、生徒にしてみるとまったく未知のことで困惑している場合も多いのです。


何度も何度も同じアドバイスを繰り返すことは、コーチにとって大切な手段のひとつです。


ただそのアドバイス自体を生徒が理解できていなかったり、コーチに聞くのが恥ずかしいと思っていたりした時のコーチは悲劇的です。


生徒のフラストレーションの一端はコーチとのコミュニケーションが欠けていることが理由の場合もあります。


コートでは、コーチは生徒の心をしっかりと把握し、生徒の立場に立ったレッスンを行なう必要があるわけです。


私がたまたま遭遇したこの女性の場合、私がその女性の立場になってあげられなかったわけです。


そして別のコーチにつき、ちょっとしたヒントを与えてもらったことで、あっさりフラストレーションを解消することができたわけです。


あなたがコーチとして、数多くの生徒を受け持つうち、中には何らかの理由でフラストレーションを募らせ、イライラしたり、ガッカリしたりする生徒に接することがあると思います。


その時、この話を参考にスマートなレッスンを行なってほしいと思います。


さて、あなた自身、自分のコーチングを客観的にチェックしてみたことがありますか。


私が現在実践しているレッスンや、テニス理論も反省から生まれたものです。

テニス・コーチのためのアドバイス 3

それから半年ほどし、その女性が友人を連れてテニス・クラブに現われ、私の見ている目の前でラリーを始めた時の驚きは言葉でいい表わせないほどでした。


まったくの別人なのです。


ストロークもボレーも素晴らしいボールを打てるようになっていたのです。


私が1年以上かかってできなかったことを、わずか半年足らずで完壁にこなすようになっていたのです。


あまりの驚きのために「どうしてそんなに上達したのですか」と正直に尋ねてみたところ、この半年別のコーチにつき、週に1回レッスンを受けていたという返事でした。


ただ、そのコーチが私と違っていたのは打った後、"今のはラケットのどこにボールが当たったかわかりますか"という質問をたびたび彼女にしたことでした。


彼女は、自分がラケットのどこでボールを打っているのか、そのコーチの指摘を受けるまで全然理解できていなかったわけです。


私はそのことに気付かず、"ボールをよく見て、ラケットのまん中で打ちなさい"というアドバイスしか与えていなかったのです。


私の教え方は、一方通行でフィード・バックを怠っていたため、彼女はテニスに対する第一歩ですでにつまづいていたわけです。

テニス・コーチのためのアドバイス 2

かなり前の話になりますが、私もフラストレーションに陥った生徒を持ち、じつに苦い体験をしたことがあります。


この経験がそれ以降の戒めとなり、コーチとして大いに勉強になったわけです。


そのころ、私はレッスン・プロに転向したばかりで、とある小さなテニス・クラブでプライベート・レッスンを行なっていたわけですが、毎週レッスンを受けに来る1人の女性には、ほとほと困ってしまいました。


とにかくラケット・フェイスのまん中にボールが当たらないのです。


私はレッスンごと声をからし"ボールをよく見て、フェイスのまん中でボールをとらえなさい"と、それは一所懸命になってレッスンしました。


しかし、いっこうにうまく打てずずい分落ちこんで、とうとうレッスンをやめたいという電話がかかったきり来なくなってしまいました。


"生徒が上達しないのを、生徒の能力のせいにしてはいけない"と今では胸を張って言っていますが、その当時は自分のコーチング能力が未熟だったこともあり、仕方ないとあきらめてしまいました。

テニス・コーチのためのアドバイス

コーチングのテクニックとしては、フラストレーションに陥っている生徒がどの部分で悩んでいるのか分析を試みることが大切です。


突きつめていくと、案外つまらないことでテニスに対する情熱を失っている場合も多いのです。


たとえば、サービスのトスの上げ方をまちがっていたために、サービス・エリアにボールを入れることができなかったり、バック・スウィングが大きすぎるばかりにタイミングを合わせることができず空振りし、ふさぎこんでいるなどのケースは私の知っているだけでも何百とあります。


そのような原因を見つけだすことができたなら、コーチはその欠点の矯正にだけ注意を与えるのではなく、生徒に、初心に戻って"なぜ"打てないのか反省させることも必要です。


コーチが一方的に与え続けるのではなく、生徒自身にも自分のテニスを考えさせてやることが、時として思わぬ効果を上げることになります。


コーチは内面においては常に冷静で、生徒と接している外面においては情熱的に、この2つの心構えが、生徒をリラックスさせる秘訣といえるでしょう。


レッスンでは生徒を絶対に追いこんではいけません。


生徒には毎回、レッスンごとに新たな気持ちでテニスに取り組めるように配慮してあげることが、生徒の
フラストレーション解消のもっとも有効で早い方法といえるのではないでしょうか。

おすすめ その6

当時、江戸画界の頂点にあった谷文晃に教えを乞うたところ、一笑に付されたのに腹を立て、捨てぜりふを吐き、玄関にあった酒樽の栓を抜き、飛び出していった話が伝わっています。なかなか勇ましいですね。

維新の波をくぐり明治の世を迎えた草雲は、第一回内国勧業大博覧会に「富獄六景図」を出品、名
声は海外にまで及びました。翌年白石山房が完成して移り住んだ。
その後も「春山暁霧」「秋山晩暉」を発表、七十三歳で皇居御杉戸四図に八枚揮毫したりして精力的に筆を動かしている。
しかし八十二歳で病に倒れ、以後八十四歳で永眠するまで筆を持つことは少なかったようだ。草雲は足利市の西宮長林寺に葬られましたが、遺言により、絶家されているとの事。

足利公園の南、白石山房の門内にある瓦屋根と白壁が印象に残る美術館で、「富嶽図」を見、画室や茅葺きの居室で草雲を偲ぶことができるが、足利学校の古書の散逸を身をもって防いだ草雲の業績は忘れてはならないことだ。

おすすめ その5

草雲の悲劇は妻だけではなかったそうです。明治維新を前に、勤王か佐幕か、激しい波嚇各藩を襲った時期、草雲らの説得で、足利藩は勤王方に決定したが、一人息子格太郎は脱藩、上野彰義隊に投じた後、妻の房と心中してしまいます。

母菊子の実家松井家が、代々将軍家出入りの陶商だったことも佐幕派に加わった理由の一つといわれている。
草雲が足利に戻って来たのは一八六一年、四十七歳の時であるが、生まれは江戸神田小川町にあった足利藩邸で、貧しさから幼い頃から御殿勤めをするが、絵の才能が芽生え初めて、金井鳥州、加藤梅翁に師事して画道を習う。

草雲は絵ばかりでなく和歌、俳譜、書を習い、十六歳で千葉道場の門を叩き、剣の修行をしている。
画名を梅渓と改めた頃から花鳥図でめきめきと腕をあげ、「軍鶏の図」は特に称讃されたそうです。
しかし、放浪癖は度を増して来ていて、気性が激しいうえに若さも手伝ったとはいえ、あちこちに武勇伝を残し、あばれ梅渓と呼ばれていたと言う。